30代から始める、「ゆるFIRE」計画

アラサーの国家公務員がゆるFIREを目指すブログです

みんなで大家さんやヤマワケエステートについて思うこと

不動産小口化商品やクラウドファンディングの投資案件は、近年どんどん増えてきています。そのなかでも注目を集めたのが「みんなで大家さん」や「ヤマワケエステート」といった事業者です。名前の通り、不動産を小口化して多くの人が“大家”として出資し、その収益を配当として受け取れる仕組みになっています。紙面で見ると、なんだか夢のある投資のようにも映ります。

しかし、現実はそう甘くありません。

「みんなで大家さん」については、以前から金融庁からの警告もありました。最大の問題は、配当の遅延や滞りが発生している点です。投資家が安心して出資しているのに、肝心の分配が遅れてしまうとなれば、不安になるのも当然です。また、この商品は投資用不動産を購入して運用する仕組みですが、その透明性や資金の使途については十分とは言えず、実態がよく見えない部分があるのもリスクです。

「ヤマワケエステート」もまた似たような構造です。案件によっては高利回りを謳い、分配金が魅力的に見えるのですが、その裏にあるリスクについては投資家自身が注意して確認しなければなりません。ネット上の口コミを調べても、期待どおりにいかなかったケースや、途中で不安を覚えたという声が散見されます。

ここで、私が以前の記事でも書いた考え方を改めて持ち出したいと思います。
「年利4%を超える利回りを謳う投資商品は、まず詐欺を疑うことにしている」というものです。

なぜ4%かというと、銀行の定期預金金利がほぼゼロ、国債の利回りも数%以下という現状を考えればわかりやすいと思います。安定した金融商品でそんなに高利回りが出るはずがないのです。もちろん株式投資や為替のように値動きリスクを取れば年率10%以上のリターンも可能ですが、それは同時に大きな損失のリスクも抱える世界です。「リスクなしで利回り6%」「毎月安定配当」といった謳い文句は、現実的にはまずあり得ない。だから私は一つの基準として「4%を超えたら疑う」と決めています。

もうひとつ冷静に考えてみるとわかることがあります。
「もし本当にそんなに儲かるなら、なぜわざわざ他人に勧誘する必要があるのか?」ということです。事業者が確実に儲かる投資案件を握っているなら、自分や限られた人たちだけで資金を回せばいいはずです。わざわざ広告費をかけ、一般投資家を募るのは、その事業者自身が「自分たちだけでは資金繰りが厳しい」からにほかなりません。つまり、投資家の資金を当てにしている構造そのものがリスクなのです。

「みんなで大家さん」も「ヤマワケエステート」も、魅力的に見える表面の数字だけを信じて飛びつくのは危険です。投資に失敗してから「やっぱり危なかった」と気づいても遅いのです。過去の事例を見れば、配当が滞ったり、そもそも案件の中身が思った以上にリスクだらけだったりするケースはいくらでもあります。

もちろん、これらの商品を「絶対にダメ」と言うつもりはありません。仕組みを理解し、余剰資金の範囲で、リスクを承知のうえで挑戦するならば、それも投資の一つの形です。ただ、「4%を超える利回り」というシグナルが出たら、まずは警戒する。疑って調べる。その姿勢が自分のお金を守ることにつながる、ということは声を大にして伝えたいです。

投資の世界では「うまい話は存在しない」と言われます。私自身も、投資を学んでいくなかでその言葉の意味を何度も噛みしめてきました。大切なのは、欲に流されず冷静に判断すること。少し退屈に見えても、堅実に資産を積み上げていくことこそ、結局は長い目で見て安心できる道なのだと思います。

フジクラの株買いました

フジクラの株買いました

先日、フジクラの株を少し買いました。今回は2回に分けての購入です。最初に買ったのは10,350円のときに100株。そのあと追加で12,300円のときに100株。結果として合計200株を持つことになりました。

現在の株価は購入時よりも上がっていますが、変動が激しいので一喜一憂しないでいようと思います。

フジクラという会社については、これまでも業績が堅実で、今後も成長の可能性があると感じています。近い将来20000円くらいになるような気もして、その点に惹かれて購入を決めました。もちろん、株価はこの先どう動くかわかりません。上がることもあれば下がることもある。その不確実さも含めて投資なのだと感じます。

 

トルコリラ買い増ししました

トルコリラ買い増ししました

トルコリラ円でのスワップ投資を始めてからしばらく経ちましたが、この前新たに50万通貨を買い増ししました。約定価格は3.6円。これで合計の保有数量は100万通貨となりました。

保有状況】

通貨ペア:トルコリラ/円(TRY/JPY)

保有数量:100万通貨(50万通貨+50万通貨)

平均取得価格:初回分と今回分を合わせた水準

投資目的:為替差益ではなく、スワップポイント収入を重視

今回の買い増しにより、1日のスワップポイントはおよそ3,500円前後まで増加しました。これを単純計算すると、1ヶ月で約10万円を超える見込みとなります。

スワップの状況】

これまでは50万通貨の保有で、1日あたり1,800円〜2,000円程度のスワップ収入がありました。買い増し後は、その倍近い水準となり、積み上がるスピードが大きく加速していきます。日ごとの増加分が目に見えて変わるため、数字のインパクトも強く感じられます。

【為替リスクについて】

もちろん、買い増しによって為替変動リスクは大きくなりました。ただしレバレッジは2倍ほどに抑えているため、急落があったとしてもロスカットリスクは低い状態を維持しています。短期的な値動きに左右されず、スワップの積み上げを主目的として保有を続けるつもりです。

 

 

【まとめ】

今回の買い増しによって、トルコリラ保有数量は合計で100万通貨となりました。1日あたりのスワップは約3,500円、1ヶ月で約10万円を見込める水準です。評価損益の変動はこれまで以上に大きくなりますが、当面は現状維持で推移を見守りながら、日々のスワップがどのように積み上がっていくかを記録していこうと思います。

 

トルコリラ投資14日目

トルコリラ投資14日目

トルコリラ円でスワップ目的の投資を始めてから、今日で14日目になります。
今回は、2週間経過時点での状況を記録としてまとめておきます。

【ポジション概要】

通貨ペア:トルコリラ/円(TRY/JPY)

保有通貨量:50万通貨

レバレッジ:1.2倍

取引目的:為替差益ではなくスワップポイント狙い

ロスカットリスク:現状ではほぼなし(十分な証拠金維持)

【収支状況(14日目)】

評価損益(為替差損):-21,000円

スワップポイント累計:+26,000円

差引損益:+5,000円のプラス
為替の値下がりはあったものの、日々のスワップの積み上げがそれを打ち消す形となっています。

スワップの推移】

1日あたりのスワップはおおよそ2,000円前後。
14日間で計26,000円となり、保有数量が大きいため、日単位でも収益のインパクトは感じられます。

【為替の動き】

トルコリラ円はこの2週間でやや下落基調。
短期的に見ると不安定な面もありますが、1倍運用であるため、心理的な負担は比較的軽め。
一方、為替がさらに崩れた場合には、スワップでは補いきれない損失も出る可能性がありますが、ずっと放置するつもりです。

トルコリラ投資の現況

トルコリラ投資の現況

先週からトルコリラ円でスワップ投資を行っています。
保有通貨量は50万通貨。ほぼレバレッジ1倍のポジションです。

以下、現時点での状況を記録しておきます。

【ポジション概要】
・通貨ペア:トルコリラ/円
保有量:50万通貨
レバレッジ:ほぼ1倍

【収支状況】
・評価損益:-16,500円(為替差による変動)
・累計スワップポイント:14,250円
・実質差引:-2,250円程度の含み損状態

スワップの推移】
1日あたりのスワップポイントは約2,000円(※為替会社により多少前後あり)。
現在のペースであれば、あと数日でスワップが評価損を上回り、トータル収支がプラス圏に入る見込みです。

【レート変動について】
保有以降、トルコリラ円はやや下落傾向。
大きな急落や急騰は今のところなし。スワップで補える程度の小幅な値動きが続いています。

【戦略とリスク管理
・基本方針は中長期保有スワップ狙い。
・為替差益は狙っていない。
損切りや追加購入は現時点で検討していない。
追証や強制ロスカットのリスクはほぼなし(ほぼ1倍なので証拠金は十分)
・為替リスクは当然あるが、ロット数とレバレッジを抑えて運用。

トルコリラ投資、始めました。

トルコリラ投資、始めました。

ついに、というべきか、ふと、というべきか。

トルコリラスワップ投資を始めてみました。

ずっと気になっていたけど、為替変動が激しいし、リスクも大きそうで…と手を出せずにいたのですが、今回、レバレッジをほぼ1倍にして、50万通貨だけ買ってみました。

やってみると、意外と静かで穏やかなスタートになった感じです。

トルコリラってどうなの?

「危ない通貨」のイメージがつきもののトルコリラ

確かに過去のチャートを見れば、下落の連続。日本円で見れば10年前から何分の一にもなっていて、「これ、本当に大丈夫?」と心配になる気持ちもよくわかります。

でも一方で、スワップ金利はものすごい。

政策金利が高い分、スワップも日々しっかりと積み上がってくる。

今、私が使っているFX口座では、1日あたり2000円ほどのスワップがもらえる設定になっていて、「あれ?これ、地味にすごくないか?」と感じています。

レバレッジはかけない。あくまで堅実に。

今回の投資では、レバレッジはほぼ1倍。

証拠金としては約150万円を口座に入れた状態で、50万通貨のトルコリラを買いました。

為替が大きく動いても、すぐにロスカットされるような状況にはならないように。

スワップをじっくり積み上げることを目的とした、いわば「持ち続ける投資」です。

もちろん、為替がさらに下がる可能性は十分あるので、いつでも逃げられるようにしておくつもりではありますが、「一発狙い」というよりは「地味だけど積み上がる安心感」を楽しんでいきたい気持ちです。

毎日2000円が自動的に入る感覚

まだ始めたばかりですが、やはり毎日スワップが2000円前後入ってくるのは、静かながらもじわじわと嬉しいものがあります。

「今日はコンビニで何も買わなかったから、丸々プラスだな」とか、

「これって月6万円以上になるってこと?」とか、

「これを1年間で…あれ、旅行行けるくらい?」とか。

何となく、「お金が働いてくれている」感覚を実感できる投資というのは、やっぱりメンタル的にも好影響です。

もちろんリスクもある

これは忘れてはいけないのですが、やっぱりトルコリラは為替リスクが大きい。

ちょっとした発言や選挙の動きで10%以上下がることだってあるし、スワップの積み上げよりも為替損失のほうが大きくなってしまえば元も子もありません。

でも、レバレッジをかけず、下がっても慌てず構えるつもりなら、少しずつ持つのはありかもしれないと思っています。

もちろん「今が買いどき!」と断言できるわけではありませんが、自分の中でリスクとリターンのバランスが取れているなら、静かにスタートしてみるのも悪くない。

しばらくはこのまま様子見

今のところは、この50万通貨をしばらく保有しながら、毎日のスワップを受け取りつつ、為替が大きく動かないことを祈って暮らす日々です。

スワップで得た分は、いったん引き出さずに、再投資や資産の安定に回す予定。

毎日の2000円が、自分の暮らしや将来のゆるFIREにどうつながるか、じっくり観察していきたいと思っています。

お金がなくてひもじいのと同じくらいに虚しいこと

お金がなくてひもじいのと同じくらいに虚しいこと

お金がないと、たしかにひもじい。
心の余裕もなくなって、目の前のことで精一杯になる。

でも最近、それと同じくらい、いやそれ以上に虚しいことがあるんじゃないか…と、ふと感じることがある。

それは、自分がせっせと働いて稼いだお金を、あまり使わないまま人生を終えること。

残ったお金は「残高」としては立派かもしれないけれど、それはつまり「使われることのなかった労働」でもある。いわば、タダ働きだ。

貯めることばかり考えていた日々

若い頃から、コツコツ貯めることが美徳だと思ってきた。
「無駄遣いをしない」「老後に備える」「節約が賢い」―そんな言葉に支えられて、給料日が来ても特に大きなご褒美は買わないし、毎月の支出を減らすことに熱心だった。

もちろん、堅実な生活は大切だと思う。
お金がない不安から解放されることは、生きるうえで大きな安心になる。

だけど、ふと立ち止まって思う。

> 「このお金は、いつ、何に使うつもりだったんだっけ?」
「このまま何もしないまま終わるとしたら、それって何のために働いてきたんだろう?」

少しずつ増えていく通帳に並ぶ数字を見ることは確かに気持ちがよく自己肯定感も上がり安心もするので、お金は使ってこそその価値を発揮することを忘れがちになる。
それを死ぬまで封印してしまうのは、まるで“自分の人生に報酬を与えない”ことと同じなんじゃないか。

今の会社で時給が1円も発生しない場合に続けるかと聞かれたら続けない人が大多数なのではないかと思うが、その会社で稼いだお金を使わずに死ぬことは、結果的には大差はないのではないだろうか。

家族のため、はもちろん理解している

「家族にお金を残したい」
その気持ちはよくわかる。私もそう思っている。

自分がこの世を去ったあと、残された人たちに少しでも困らないように。
そういう優しさが、「使わずに残す」という判断を後押ししてくれるのだと思う。

でも、それでも―
本音を言えば、稼いだお金は、やっぱり自分の人生のために使いたい。

経験に変えてこそ、お金は意味を持つ

何かを買うとか、どこかに行くとか、誰かと過ごすとか。
そういう「体験」に変えて初めて、お金は“使った価値”を持つ。

机の引き出しにずっと眠っていた商品券のように、
使わなければ、どんなに額面があっても何にもならない。

大げさに聞こえるかもしれないけれど、お金を使わないまま亡くなるというのは、そのぶんの労働を報われないまま終えたようなものなのかもしれない。

あんなに我慢して、あんなに一生懸命働いて、
結果、「使わずに残しただけ」なんて…ちょっと悲しくないだろうか。

だからといって、派手に浪費したいわけじゃない

勘違いされがちだけど、こういう話をするとすぐ「散財しろってこと?」と極端に受け取られることがある。

でもそうじゃない。
別に高級時計がほしいわけでも、海外旅行を年に何回もしたいわけでもない。

ただ、日々の暮らしの中で、少しずつ「これは今の自分にとって価値のあることだ」と感じるものにお金を使っていきたいと思っているだけだ。

たとえば、平日の昼間にちょっとよいランチを食べるとか、見たい映画を観るとか、気になった本を買うとか。それくらいのことでも幸せ度は上がるのではないだろうか。

 

お金の使い道=生き方

最終的に、どうお金を使うかって、どう生きたいかと同じことなんだと思う。

「家族が喜んでくれたらいいな」
「知らない場所で、知らない景色を見たい」
「ただ静かに、自分のペースで生きたい」

そんな願いにお金を使っていくことが、ちゃんと自分を大切にしていくことにつながる。

それを先延ばしにして、「いつか、いつか」と言っているうちに、気力も体力も気づけばなくなってしまっていたら、なんだか取り返しのつかないような気がする。

今日できる、ちいさな報酬

だから、せめて今日くらい。
自分のためにコーヒー豆をちょっと良いものにしてみたり、帰り道に気になっていたパン屋に寄ってみたり。
「いつか」のためじゃなく、「今」の自分に報いるようなお金の使い方をしてもいいんじゃないか。

稼いだぶん、自分の心にもちゃんと報酬を。
そうじゃないと、お金があるのに使えない人生も、じつは“ひもじい”のかもしれない。

3000万あればサイドFIREできるか

3000万あればサイドFIREできるか―シミュレーションしてみた

「3000万円。これって、FIREできる金額なのかな?」
最近、こんなことを考える時間が増えてきた。FIRE(経済的自立・早期リタイア)といっても、完全に働かない“フルFIRE”ではなく、少し働きながら自由な時間を楽しむ“サイドFIRE”なら現実味がありそう――そう思ってシミュレーションしてみた。

想定する暮らしと前提条件

まずは、自分がどんな生活を望むのかを考える。
派手さは求めないけど、食べるものには少しこだわりたいし、月に1回くらいは気ままに日帰り旅行もしたい。洋服や家具は長く使えるものを選んで買い替え頻度を抑える。そんな“ゆるミニマル”な生活だ。

前提として、以下の条件でシミュレーションしてみる。

年齢35歳

資産3000万円

資産運用の税引き後利回り:年2.4%

年間の生活費:200万円

サイドワークでの収入:年間100万円程度を想定

年金支給は65歳から(月10万円)と仮定 

FIRE的生活は何歳まで資産が持つのか?

まず、生活費は年間200万円なので、運用益だけでは当然足りない。年2.4%の利回りなら、3000万円の資産から生まれる年間収入は72万円(税引後)。生活費200万円との差額128万円を補う必要がある。

ここでサイドワークの出番。
月8〜9万円ほどの在宅バイトや軽作業、業務委託などで年間100万円を稼げれば、差額は28万円にまで縮まる。これなら資産を取り崩しながらも、しばらくの間は持ちこたえられそうだ。

では、その“しばらく”は、いったい何年なのか。

ざっくりシミュレーションしてみた

生活費200万円 − サイドワーク収入100万円 − 運用益72万円 = 年間取り崩し28万円

このペースでいけば、
3000万円 ÷ 28万円 = 約107年分の余裕がある…というのは理論上の話。実際には、生活費は物価の上昇とともに上がるし、運用益がぶれることもある。

そこで、より現実的に、

インフレや運用益の変動を見込んで、年間40〜50万円ずつ取り崩す

それでも資産は50〜60年は維持できるつまり、35歳時点でサイドFIREを始めたとしても、65歳時点では2000万円前後の資産が残っている可能性が高いという試算になる。

65歳からは年金も受給されるので、仮に月10万円あれば生活費はグッと楽になる。残った資産は医療費や介護費、趣味などに回すこともできるだろう。

注意点と落とし穴

もちろん、これはあくまで“仮のシミュレーション”。
現実はもっと複雑だ。たとえば、以下のようなリスクも考慮する必要がある。

突発的な支出(家電の買い替え、引っ越し、入院など)

インフレリスク(生活費の上昇)

運用損失(元本割れのリスク)また、サイドワークを「やる気が出なくなった」「体調が悪くなった」などで一時的にできなくなれば、その年の収支バランスが大きく崩れる。

そのため、生活費をギリギリに設定しすぎないことと、“働けるうちは働いておく”柔軟さが重要になってくる。

 

3000万円は、ひとつの「小さな自由通行証」

FIREに必要な資産は、人によって異なる。
1億円あっても不安な人もいれば、1000万円でも安心できる人もいる。

ただ、3000万円という金額には、ある種の現実味がある。
がんばれば貯められるラインでもあり、運用と少しの収入で“自由な時間”を得られる可能性を持っている。

いきなりフルFIREは難しくても、サイドFIREなら、すぐそこまで来ているのかもしれない。
そう思うだけで、毎日の働き方やお金との向き合い方が、ちょっと変わってきた。

詐欺か詐欺でないかを判断するたった1つの数字

詐欺か詐欺でないかを判断するたった1つの数字

 

「いい話があるんだけど、興味ある?」

「年利10%確定の投資、紹介してあげる」

「プロが運用してくれるから、完全放置でOKだよ」

――こんな言葉、聞いたことはありませんか?

投資やお金の話って、人をワクワクさせる力があります。自分でも気づかないうちに「もしかして、これは運命のチャンスかも?」なんて、心が動いてしまうこともあるかもしれません。

でも、あくまで私が基準にしているものですが、そんなときに立ち止まるための“たった1つの数字”があります。

それは、「年利4%」です。

 

年利4%を超えたら、まずは一歩引く

投資の世界で年利4%という数字は、ひとつの現実的な目安です。

というのも、長期で安定して4%以上のリターンを出すというのは、実はとても難しいからです。

たとえば、アメリカの株式市場(S&P500)は、長期的には年平均で7%前後のリターンを出してきたと言われますが、これはあくまで上下の激しい波を乗り越えての話。しかも米国市場という好条件のもとでの数字です。日本市場ではもっと控えめな数値になります。

さらに、税金や手数料を引いた「実質的な利回り」で見ると、4%前後でも十分に優秀な成績だと言えるのです。

だからこそ、「年利10%確定」や「誰でも月利5%で運用可能」といったうたい文句には注意が必要です。

それが本当であれば、世の中すでに富豪だらけになっているはずですから。

銀行の金利と比べると…

2025年現在、日本の銀行預金の金利は上がってきてはいますが、まだまだ低水準です。

大手銀行の1年定期預金は、年利0.275%前後。100万円預けても年間で2,750円ほど。

ネット銀行や一部の地方銀行でも、キャンペーン金利でようやく0.5〜0.75%。

普通預金なら、優遇があっても0.2〜0.4%程度がやっと。

一昔前までは0.001%なんて時代もありましたから、多少マシになったとはいえ、4%とは比べものになりません。

つまり、世間の金融商品の基準としては「4%」はかなり上のほうなんです。

それ、本当に「教える側」が得する話?

ここで、もうひとつ考えてみたい視点があります。

それは、

「そんなに儲かるなら、わざわざ他人に教える?」

ということ。

投資詐欺の多くは、「紹介者」がいるのが特徴です。

知人からの紹介、ママ友、SNSで知り合った人…。信頼感がある相手からの話だと、つい信じたくなってしまうものです。

でも、冷静に考えてみてください。

本当にその投資が安全で、高利回りで、確実に儲かるなら

他人に勧める必要なんてないはずですよね。

自分ひとりで運用して、こっそり資産を増やしたほうがよっぽど賢い。

それでも人に勧めてくる理由は、たいてい「紹介料が入る」「集めた資金で回している」といった“裏”があるからです。

年利4%超=詐欺ではないけれど…

もちろん、年利4%を超える投資がすべて詐欺だというわけではありません。

優秀な投資家や一部のファンドでは、それ以上の成果を出していることもあります。

ただしそれは、リスクを取っているからこそのリターンです。

価格の上下動、元本割れ、想定外の損失…。

リターンが大きいということは、同時にリスクも受け入れているということ。

「誰でも」「何もしなくても」「確実に儲かる」といった話に、そんなおいしい話が本当にあるのかどうかは、やっぱり疑ってかかったほうがいい。

仕組みやリスクを完全に理解できてればやってもいいと思います。

まとめ:「怪しい話」から自分を守るために

投資を始めようとすると、いろんな情報が飛び込んできます。

中には本当に役立つものもあるけれど、残念ながら、そうでないものも多いのが現実。

そんな中で、「年利4%」という数字をひとつの境界線として持っておくと、自分を守るためのフィルターになります。

「そんなに儲かる話、なぜあなたに?」と立ち止まること

仕組みがよくわからないものには手を出さないこと

自分で理解できない投資は、しない勇気を持つこと

この3つさえ守っていれば、大きなトラブルに巻き込まれる可能性はぐっと下がります。

「それ、本当に安全な投資?」

そう思ったら、まずは“年利4%超えてないか?”をチェックしてみてください。

それだけで、あなたのお金はきっと守りやすくなるはずです。

 

 

危険?それでも惹かれてしまう…トルコリラのスワップ投資という魔力

危険?それでも惹かれてしまう…トルコリラスワップ投資という魔力

「毎日、勝手にお金が入ってくるなんて…夢みたい。」

FX口座でトルコリラ保有していると、そんな“夢のような通知”が毎日届きます。

それが、スワップポイント。

2025年6月現在、トルコの政策金利はなんと50%前後。FX会社によっては、1万通貨あたり1日100円以上のスワップが得られるケースもあります。単純計算で年間3万円以上。保有量が10万通貨なら年間30万円…!

放っておいてもお金が入ってくるなんて、まさにFIRE民が憧れる“寝てても稼げる”状態。

―そう思ってしまうのも無理はありません。

でも、ちょっと待って。

この“甘い果実”には、それなりのトゲがあるのです。

為替差損がすべてを吹き飛ばす?

スワップ収入はたしかに魅力です。

けれど、それは為替が安定している場合に限られます。

トルコリラ/円は、2015年には約45円だったのが、2025年現在では約3.7円前後。

なんと10年で約90%の価値が消失しています。

つまり、スワップで1年に30万円もらえても、1回の暴落で数十万円の含み損が出る可能性があるのです。

これが、スワップ投資が「危険」と言われる最大の理由。

金利で得た収入”なんて、為替の下落であっという間に吹き飛ぶ。そんな世界がそこにはあります。

それでもなぜ惹かれてしまうのか

正直、冷静に考えれば「やめといた方がいいやつ」です。

それでも、多くの人がトルコリラに手を出してしまう。

それはなぜか?

・ほかにここまで“即効性”のある不労所得が少ない

・数万円から始められる手軽さ

・レートが下がりすぎて「もう底では?」という幻想

・うまくいけば、配当株より早く回収できそうな気がする

そして何より、「1日100円」という見える報酬があるからこそ、モチベーションが維持しやすいのです。

「もう底だろ」は何度も裏切られる

トルコリラに投資する人たちは、これまで何度も「もう下がらないはず」と信じてきました。

私自身、2015年の45円くらいの時に少し買い、今も所有しています。

30円を切るわけない、20円を切るわけない、10円は絶対に切らないと思っていました笑

そして今は3.7円くらい。

さすがに底だとは思いますが、まだ、3.7円も下落幅があります笑

そして、最後の最後に怖いのはデフォルトです。ほぼ紙切れ状態になるので、あくまで宝くじを買うくらいのつもりで買おうと思っています。

逆に宝くじ買うよりはかなりいい投資先なのではないかと思っています笑

【FIRE妄想日記⑫】何もないとある1日

【FIRE妄想日記⑫】何もないとある1日

 

午前7時すぎ。
目が覚めたものの、まだ布団の中。外はもう十分に明るいけれど、起きなきゃいけない理由がない。アラームも鳴らさなかった。今日の予定は「なし」。それがなんだか嬉しくて、ぼんやりした頭のまま、もう一度目を閉じた。

午前8時30分。
二度寝から目が覚める。寝すぎた感じはない。起きると空気が静かで、テレビもスマホもつけていないせいか、時間の流れがゆっくりしている。リビングに行って、白湯を1杯。まだコーヒーじゃなくていい。何かを始める前の、助走みたいな時間。

午前9時。
冷蔵庫にあった食パンをトーストして、バターをたっぷり塗る。キウイを1個切って、お皿に並べる。こんな簡単な朝食なのに、時間をかけて食べられるだけで少し贅沢。コーヒーも淹れて、窓の外を眺めながらゆっくり飲んだ。

午前10時。
ソファに座って、サブスクで映画を選ぶ。どれにしようか迷いながら、1本を選ぶまでに15分以上かかる。でもそれでいい。時間に追われない生活では、迷うことすら豊かだ。流し見ではなく、ちゃんとストーリーを追って観る。昔映画館で観たことがある作品だったけど、今は印象がまるで違っている。きっと、自分の時間をちゃんと持てるようになったからかもしれない。

正午すぎ。
映画が終わると、少し外に出たくなった。天気もいいし、近くの公園まで歩いてみる。途中、コンビニでミネラルウォーターを1本買う。小さな公園のベンチに座って、ただ木々を眺めている。子どもたちが走り回る声が遠くでしていて、それもまた心地よいBGMみたいだ。

午後1時30分。
お腹が空いたので、帰り道にある町の小さな定食屋へ。今日のランチは、焼き魚定食。味噌汁の具がいつも違うのが、なんとなく嬉しい。静かな店内で、お店の人が「今日は暑いですね」って声をかけてくれる。そういうやり取りが、少し懐かしい。

午後3時。
帰宅後、ベッドに横になる。眠くはないけれど、ただごろんとするのが気持ちいい。読みかけの小説を少し読み進めて、途中で本を閉じる。ストーリーの続きを知りたいけど、急がなくてもいい。そんな心の余白があるだけで、世界が柔らかく見える。

午後5時。
少しだけストレッチをする。YouTubeで見つけたゆるいヨガの動画を再生して、体をのばす。汗をかくような運動じゃない。でもそれで十分。昔みたいに「効率」とか「成果」を求めて動いていた自分が、遠い存在に思える。

午後6時すぎ。
冷蔵庫の残り物で簡単に夕食を作る。炒め物とスープ、あとは昨日の残りごはん。これが意外とおいしくて、テレビもつけずにゆっくり味わった。食後にアイスコーヒーを作って、ベランダに出る。夕暮れがきれいで、スマホで写真を撮るけれど、結局SNSには載せない。ただの記録。

午後8時。
小さなデスクに座って、今日一日をふり返ってみる。何をしたわけでもない。でも、何もしなかったからこそ、心の中にいろんなものが染みこんでいる気がする。贅沢って、モノやお金のことだけじゃないんだなと思う。

午後9時30分。
早めにベッドに入る。眠くなるまで、ラジオを小さな音で流す。静かな夜。誰にも急かされない、何者にもならなくていい一日だった。

30代前半の平均年収って、どれくらいなんだろう?

30代前半の平均年収って、どれくらいなんだろう?

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30代前半――つまり、30歳から34歳までの人たちの平均年収は、だいたい420万~430万円くらいらしいです。
おお、意外と高い…と思うかもしれないし、「そんなに?」って思う人もいるかもしれません。

でもね、ちょっと落ち着いて。「平均」っていうのは、全体を足して人数で割った数字。
つまり、1人でもめちゃくちゃ年収が高い人がいれば、全体の平均がグンと上がってしまうんです。
たとえば、年収1,000万円の人が混じっていたら、それだけで全体のバランスが崩れちゃう。

だから、本当に大事なのは「中央値」。
これは、全員を年収順に並べたときの、ちょうど真ん中の人の数字です。

30代前半の年収中央値は、およそ400万円前後。
つまり、半分の人は年収400万円未満ということ。
そう聞くと、なんとなく自分のことを責めなくてすみますよね。

私も、数字だけ見ると「もっと頑張らなきゃ」って気が急いてしまうことがあるんですが、よくよく見てみると…
意外と、みんな同じようなところで悩んでいるのかもしれません。

ちなみに、地域によっても差があって、東京あたりだともっと高くて、地方だとぐっと下がる。
働いてる業種や会社の規模によっても違うし、正社員かどうか、育児や介護の状況によってもバラバラ。

FIREを目指すようになってからは、あまり「年収」だけに気を取られなくなりました。
「いくら稼ぐか」も大事だけど、それよりも「いくらで満足できるか」や「どんな時間を過ごしたいか」のほうが、ずっと大切。

節約が楽しいと感じる日もあれば、たまにちょっと贅沢しても「まあ、いいか」と思えるような心の余裕があったり。
そういうバランスのなかで、年収の数字はただの“目安”でしかなくなっていきます。

今いる場所が、自分にとってのスタート地点。
そこからどう暮らしていくか、どう積み重ねていくかのほうが、きっと面白い。

だから今日も、焦らず、比べず。
自分なりのペースでゆっくりいきたいな、と思っています。

 

FIREを目指しながらも悪くない日々

FIREには、まだまだ届いていない。
貯金も投資も、順調かと言われるとそうでもないし、急にすべてがうまくいくような魔法も、もちろんない。
それでも最近、「今のこの時間も、案外わるくないな」と思うことがある。

たとえば朝の通勤電車。
満員ではあるけれど、車窓からの風景が少しずつ夏っぽくなっていて、遠くに見える入道雲に、なんとなく気持ちがほぐれる。
会社に着くまでに聞くポッドキャストや、ちょっといい音で流すBGMが、ささやかな楽しみになっている。

仕事は相変わらず慌ただしい。だけど、完全に嫌いなわけでもない。働いているからこそ生まれた大切な仲間もいる。

FIREを目指していると、「早く抜け出したい」「今の生活を手放したい」っていう気持ちが強くなるけど、そういう気持ちばかりに支配されてしまうと、目の前にある「なんでもない良さ」に気づけなくなる。

最近は、土曜日の午前中がすごく好きだ。
朝はゆっくり起きて、近所のスーパーで食材を買って、冷蔵庫を整える。
午後は家にこもって、読んでなかった文庫本を広げたり、YouTubeでひたすら旅動画を見たり。
そういう何も起こらない1日に、「ああ、なんかちゃんと生きてるな」って思える瞬間がある。

もちろん、いつかはFIREしたい。
もっとのんびりした生活がしたいし、誰にも気をつかわず、好きな時間に散歩して、好きなだけ本を読んで、昼寝だってしたい。
だけどそれは、遠くにある目的地みたいなもの。
今はその道のりを歩いている途中で、それもまた、ひとつの旅なのかもしれない。

FIREを目指す過程って、意外と自分と向き合う時間が増える。
無駄遣いをやめたり、将来について考えたり。
自分にとって本当に大切なものが何かを、ひとつずつ確かめながら進んでいく。

たまに焦る。
「自分より若い人がもうFIREしてる」とか、「今からじゃ遅いかな」とか。
でも、焦ったところで急にスピードアップするわけじゃないし、それよりも一歩ずつ積み重ねていくほうが、自分には合ってる気がする。

「まだFIREできないけど、悪くないな」と思えること。
それって、わりと大事かもしれない。
毎日がつらすぎると、どこかで心が折れてしまう。
でも、「今日もわるくなかったな」って思えたら、明日もまたがんばれる気がする。

そんなふうに、小さな心の休憩所を見つけながら、FIREに向かって歩いていく。
急がなくてもいい。
いまを感じながら、じっくりと自分らしいペースで。

 

長嶋茂雄さんと二人の名将

長嶋茂雄さんが亡くなりました。

2025年6月3日。肺炎のため、89歳での旅立ちだったそうです。日本の戦後のシンボルとも呼べる方が亡くなり、一つの時代が終わった、そんな気持ちになります。

2004年に脳梗塞で倒れてからというもの、「豪快なスーパースター」というより、「懸命にリハビリに取り組む一人の人間」として私の印象に残っています。右半身に麻痺が残り、言葉も少し不自由になってしまった。それでも人前に出て、笑顔を見せてくれる姿には、静かな勇気をもらったものでした。

その後も長嶋さんは東京ドームのイベントなどに時おり姿を見せてくれました。車椅子だったり、ゆっくり歩いていたり。でも、その姿はとても人間らしくて、「ああ、自分も歳を重ねていくんだな」と自然に思わせてくれるものでした。

そして、彼よりも早くに亡くなった二人の名将のことも思い出します。

二人はいずれも長嶋茂雄さんが脳梗塞になっ

た時にはまだまだ元気でした。多分。

1人目は星野仙一さん。いつも情熱的な熱血監督。2018年、まだ70歳で膵臓がんのため亡くなりました。まだまだ指導者として活躍できた年齢です。

もう一人は野村克也さん。解説でも独特のボヤきが印象的で、憎めない人でした。2020年に84歳で亡くなりましたが、その直前までテレビにも出ていて、元気そうに見えていたのに、と思った記憶があります。

三人とも、日本の野球界をけん引してきた大スターたち。けれど、その晩年は対照的でした。

長嶋さんが脳梗塞になった時、星野さんや野村さんの方が早くに亡くなると思った人は少ないでしょう。

長嶋さんは懸命にリハビリをしていたとはいえ、監督をやっていた時よりははるかに身体をいたわり、周りも本人も無理しない、させないようにしていたと思います。

一方で、星野さんや野村さんは監督業を続け、勝ち負けの責任を背負ったりなど、無理をしていたのではないかと思います。お二人は野球が好きだから、元気なうちは好きな野球に携わることに幸せを感じていたとは思いますが、あまり無理して働くよりも、身体をいたわりながら無理しないでいた方が長生きはできると思いました。

FIREを目指す者としては、あまり無理はせず生きていこうと思いました。

【FIRE妄想日記⑪】今日は何読もう。から始まる1日

【FIRE妄想日記⑪】今日は何読もう。から始まる1日
図書館という場所には、ちょっと不思議な魅力があると思う。
目的の本があって出かける日もあるけれど、なにも決めずにただふらりと立ち寄るときほど、思いがけない出会いがある。

書棚のあいだをゆっくり歩く。背表紙のタイトルを目で追っていると、なぜか無性に気になる本が出てくる。名前も知らない作家の古い文庫本だったり、色あせた装丁のエッセイだったり。なぜその本を手に取ったのか自分でもわからない。でも、ページをめくると、ぽんと肩を叩かれたような気持ちになる。そこに書かれている言葉が、いまの自分にぴったりとはまることがある。

古い本の匂いも好きだ。紙が少し黄ばんでいて、かすかにほこりっぽくて、でもなんだか落ち着く匂い。たくさんの人の手を経てきた本。もしかしたら何十年も前に、だれかがこの本の同じページで立ち止まり、同じように笑ったり、心を打たれたりしたのかもしれない。そんな想像をしていると、時間が静かに巻き戻るような気がする。

子供向けの棚も、あなどれない。絵がたっぷり使われていて、ぱらぱらと眺めるだけでも楽しい。物語はシンプルだけれど、だからこそ深くて、真っ直ぐに胸を打たれることがある。気づけば30分くらい、低い棚の前にしゃがみこんで読みふけっていた、なんてことも。

本屋ではなかなか手に取らない分野の本にも、図書館では気軽に触れられるのがいい。園芸の本、釣りの本、研究書…これ何冊売れたんだろうとつい思ってしまいそうな本にも出会える。本屋さんだと最近出た本や話題の本を手に取りがちだけど図書館なら新しい本や話題の本はだいたい貸出中でそこにはないのも逆に良かったりもする。

自分の「好き」の輪郭が、図書館で少しずつ広がっていく。そんな感覚が好きだ。
今日はどんな本に出会えるだろう。
どんな言葉が、自分の心のどこかにそっと灯りをともしてくれるだろう。
そんなことを思いながら、ページをめくる時間は、何にも代えがたい。

本を読み終えて、窓際の席から見える木々の揺れにふと目をやる。時計を見なくても、もうお昼すぎだとわかる。なんとなく心が静かになっていて、体も軽い。図書館を出るとき、なにも持たずに帰る日もあるけれど、そういう日ほど、心の中にたくさんの「持ち帰り」がある気がする。

FIREしたら、こんな日をもっと増やしていけたらいいな。
静かで、でもちゃんと満ち足りた時間。
そういう時間が、人生をじんわり豊かにしてくれるような気がしている。